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SET=営業マンのいない会社、その理由は???
行列のできるラーメン店は広告を出さない。
名古屋市中川区に「錦城」という坦々麺のメチャクチャ美味しい店があります。
「錦城」の存在を初めて知ったのは、家内の友人との新年会だったと記憶しています。
そして翌々日に早速「錦城」に行ってみると平日の11:40だというのに店の前は既にすごい行列でした。
適正価格=これを安い
満足度と価格の関係
制作者が体感=初めて伝わる
本当に美味しい
あとひと押し=本の出版
ワクワクする提案
大手企業ではできない冒険と融通性(価格)
フットワーク
まずスポンサーの業務を理解することから始まる
担当者の負担を軽減
分業制
ディレクトプロフィール
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1962年、滋賀県近江八幡市船木町に父高校教員・母専業主婦のごく平凡な家庭に生まれる。 小・中・高校までは滋賀県でごくごく平凡に過ごす。 大学で京都エリアまで進出、自らの田舎もの度に気づき、積極的に活動(コンパ?)する様になる。 大学4年時にディスコパーティーでテキスタイルのデザイナー達に出会い、モノを創る人種(名刺の肩書がカタカナの職業)に憧れを持つ。 時代はバブル、大卒は営業マンという時代、何の知識・経験もないのにデザイナーとしての雇用を探し、「株式会社永昌堂印刷」に入社。 同会社のプレゼンチーム「ADステーション(名古屋)」に配属、先輩デザイナー・プランナーに広告制作のイロハを教わりながら、ジャスコグループ(現イオングループ)の四日市本店・三重事業部・信州事業部のデザインを担当する。 専門的なデザイナーのスキルを身につけるため、「KAMクリエイト」に入社し、プレゼンテーションのイロハ(栄・錦を徘徊)を習得する。 地元滋賀に戻り、中小規模の印刷会社に就職しデザインを継続(Macintosh機に没頭)しながらも、営業のイロハを体験する。 1998年、大下茂と「有限会社セット・インターナショナル」を創業する。 全ての可能性を追い求め、東京~神戸までプレゼン、プレゼン、またプレゼンの毎日、甲斐あって「大手予備校様」とのお取り引きが始まる。 この頃には、DTP+Web(ホームページ)というスタイルを確立する。 2005年、「某社団法人様」とのお取り引きが始まり、Webプログラムを本格的にスタートする。 2009年、スタッフを倍増し、業務範囲をさらに拡張し会社としての覚醒期を迎える。 同年、「株式会社セット」を創業する。 「日々是決戦(取引先会長のお言葉)」を自らのスローガンに掲げ、過忙であることを喜びつつ毎日を邁進。モチベーションを自発すること、お客様との出会いに感謝すること、そしてその信頼に全力で努力することを忘れずに今後も闘い続けます。
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